2015年8月12日水曜日

圃隠 Po-Eun に思いを寄せる。。。

テコンドーにおける1の意味

テコンドーで帯は一重に巻きます。

その理由は3つあります:


  1. 一撃必殺
  2. 一つの目標に向かって一心不乱に突き進むべし
  3. 一人の師に忠誠を尽くすこと
特に三つ目が最近、よく話題になります。

師に師事していると口では言い、

結局は自分にしか従わない、

自分の中の様々な欲にのみ忠実な人が話題になるからです。


  • 権力欲
  • 名誉欲
  • 金銭欲
  • 自己顕示欲
欲ボケでボケボケの人がトップリーダーにいると、

下々の者が犠牲になり、泣くのは

天下統一の覇権を争っていた戦国時代と同じです。


このような争いは決して珍しいものではなく、

企業の役員会内で、

省庁の長官の座を掛けて、

果てはPTA内で迄、

欲ボケ、ボケボケ争いが繰り広げられます。


圃隠の丹心歌


圃隠はテコンドー11番目の型。

圃隠という号を名乗っていたのは

鄭 夢周(チョン・モンジュ、てい むしゅう、1337年~1392年)で、

高麗末期の儒学者です。



「高麗王朝最後の忠臣」とも言われ、

その忠誠心の強さゆえに善竹橋で、

自分が主賓だった宴の帰りに5人の暗殺者たちに撲殺されたと言われています。


今では北朝鮮領土内にある善竹橋ですが、

その石に残る茶色いシミは

雨が降ると赤く変わる鄭 夢周の血痕だと言い伝えられているそうです。



政権が変わろうとしているその時に、

時流を読み、

主を変えるように促された歌への返歌が丹心歌。

以下、Wikipediaより抜粋:


단심가(丹心歌)
이몸이 죽고 죽어 일백 번 고쳐 죽어 此身死了死了一百番更死了(차신사료사료일백번갱사료)
백골이 진토되어 넋이라도 있고 없고 白骨爲塵土魂魄有無也(백골위진토혼백유무야)
임 향한 일편 단심이야 가실 줄이 있으랴. 鄕主一片丹心寧有改理歟(향주일편단심유개리여)
Though I die and die again a hundred times,
That my bones turn to dust, whether my soul remains or not,
Ever loyal to my Lord, how can this red heart ever fade away?



    「 この体が死んでも、また死んでも、 

     百回繰り返し死んで、

          白骨が塵となり、 

     魂が無くなっても、 

     主に対する忠誠心は変わらぬ。

         この赤心が消えてなくなることなどあろうか。」 

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なぜか私は「赤心歌」だと思っていました。

丹心とは赤心のことだと、

どこかの英文で読んだからだと思います。



36動作の動作数の意味は調べてもわからなかったのですが、

横一文字の動作線上を、

左右対称にまっすぐ動く型。


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