テコンドーにおける1の意味
テコンドーで帯は一重に巻きます。その理由は3つあります:
- 一撃必殺
- 一つの目標に向かって一心不乱に突き進むべし
- 一人の師に忠誠を尽くすこと
特に三つ目が最近、よく話題になります。
師に師事していると口では言い、
結局は自分にしか従わない、
自分の中の様々な欲にのみ忠実な人が話題になるからです。
- 権力欲
- 名誉欲
- 金銭欲
- 自己顕示欲
欲ボケでボケボケの人がトップリーダーにいると、
下々の者が犠牲になり、泣くのは
天下統一の覇権を争っていた戦国時代と同じです。
このような争いは決して珍しいものではなく、
企業の役員会内で、
省庁の長官の座を掛けて、
果てはPTA内で迄、
欲ボケ、ボケボケ争いが繰り広げられます。
圃隠の丹心歌
圃隠はテコンドー11番目の型。
圃隠という号を名乗っていたのは
鄭 夢周(チョン・モンジュ、てい むしゅう、1337年~1392年)で、
高麗末期の儒学者です。
「高麗王朝最後の忠臣」とも言われ、
その忠誠心の強さゆえに善竹橋で、
自分が主賓だった宴の帰りに5人の暗殺者たちに撲殺されたと言われています。
今では北朝鮮領土内にある善竹橋ですが、
その石に残る茶色いシミは
雨が降ると赤く変わる鄭 夢周の血痕だと言い伝えられているそうです。
政権が変わろうとしているその時に、
時流を読み、
主を変えるように促された歌への返歌が丹心歌。
以下、Wikipediaより抜粋:
단심가(丹心歌)
이몸이 죽고 죽어 일백 번 고쳐 죽어 此身死了死了一百番更死了(차신사료사료일백번갱사료)
백골이 진토되어 넋이라도 있고 없고 白骨爲塵土魂魄有無也(백골위진토혼백유무야)
임 향한 일편 단심이야 가실 줄이 있으랴. 鄕主一片丹心寧有改理歟(향주일편단심유개리여)
Though I die and die again a hundred times,
That my bones turn to dust, whether my soul remains or not,
Ever loyal to my Lord, how can this red heart ever fade away?
「 この体が死んでも、また死んでも、
百回繰り返し死んで、
白骨が塵となり、
魂が無くなっても、
主に対する忠誠心は変わらぬ。
この赤心が消えてなくなることなどあろうか。」
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なぜか私は「赤心歌」だと思っていました。
丹心とは赤心のことだと、
どこかの英文で読んだからだと思います。
36動作の動作数の意味は調べてもわからなかったのですが、
横一文字の動作線上を、
左右対称にまっすぐ動く型。
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